まだ六月になったばかりだというのに、雨ばかりで気が滅入る。
ようやく晴れ間が広がった今日は、ちょっと風が強い。
ここはひとつ、マタタビでも持って近所を散策してみるか。

思い立って愛用のデジカメとミニ三脚のウルトラポッドを持ち、冷凍庫から生マタタビを取り出て、フィルムケースに入れる。
今日は仕事の帰りではないので、暗くなる事を心配しながら必死に猫を捜さなくても何とかなりそうだ。
長袖シャツを着て外に出た。
自転車に乗って遠出してもいいかもしれない。

風が思っていたよりも弱い。
いい季節になった。
あちこちの軒先の花が咲き乱れ揺れている。
最近は大輪のバラが流行っているのだろうか。
我が家のブラックベリーもコマルハナバチが忙しく蜜を吸っていた。


自転車に跨がって、いざ出発。
家の前の通りから脇にそれて、木陰の続く道に出た。
夕方になりかけていたが木漏れ陽が何とも言えず良い感じだ。





こんな時にはつい唄を口ずさんでしまう。

「ダイ〜ナダイ〜ナは何だいナ〜、ダイナは英語のォ都々逸で〜っ、口から出任せ〜言い任せ〜に、（川田義雄／浪曲ダイナより）・・・うへっ！」

顔のあちこちに、あまり実体のないような何かが当たった。
坂道を勢いよく下っていたので、蚊柱に気が付かずに突入してしまったのだ。

・・・苦い。

急いで口を閉じたが時既に遅し。
大口開けて唄っていたから、ユスリカを食ってしまった。
ペッペッっと唾を吐きながら、再び自転車を漕ぎ出した。

トンネルを抜けると雪国だったように、木陰を抜けると、空がすこーんと抜けていた。
今日はなんだか空がとっても青いではないか。

「空がとっても青いから〜・・・」

月と空じゃちょっと違うなぁ。
大体、その後のメロディも歌詞も知らない・・・。
そんな事を思いながら、スピードを緩めた。

少し風が出て来たようだ。
風が強くなると、猫達は見付け難くなるような気がする。
それに、出来るだけ明るい時間帯に見付かると嬉しいのだが。

今日は初めて通る道を行ってみよう。
車では何度か通ったことがあるが、今日は自転車だ。
どれくらい徘徊しただろうか。
怪しいオッサンと思われても仕方あるまい。
かなり日が傾いてしまった。

帰りながら猫を捜そう。
そう思った矢先、幸運にも駐車場に茶虎を発見した。



自転車をそっと停め、警戒されないようにゆっくりと近付く。



「お〜い、君。寛いでるなぁ、ちょっと付き合ってよ」

効果があるのかどうか解らないが、一応声も掛けているのだ。
ズームにして撮る。

茶虎は近付く俺に警戒して、いつでも逃げられるように四つ脚を接地した。
いつものように少しずつ少しずつ、危害を加えない事をアピールしながら近寄る。
顔を観察するとだいぶあちこちくたびれているが、どうやらメスのようだ。

「ちょっと写真撮らしてね〜」

またいつものように腰を下ろし、マタタビを準備する。
ある程度の距離を保ってこちらが近付くのをやめると、大抵の野良猫は警戒心を解くのだ。
しかし『ある程度の距離』というのが個体によって様々だ。
このマタタビ至福団活動では、その安全圏を読み取れずに逃げられる事の方が実は多い。
何分くらい説得しただろう。
茶虎は再び寛いだ姿勢になり、目を細めた。



初対面ながら徐々に警戒心を解く猫を見ると、本当に嬉しいものだ。
まだ手の届く距離ではないので、生マタタビを鼻先に転がす。

反応は瞬く間だった。
表情を撮るために、少しずつにじり寄る。
茶虎は俺を迎え入れた。
完全に緩みきったようだ。
そして大きなよだれの染みが風で少しずつ乾いていくのを眺めながら、共に至福の時を迎えた。

「マタタビ至福団第１０回活動記録」を見る

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