伊太利亜八日間の記録1〜いざミラノへ

イタリアに行った。

「五百円玉貯金が貯まったらイタリアに行きたい」
そう言い出したのは妻の方だ。
「文化的な国に行きたい。文化に触れたいのよ」

今回は候補地を妻に委ねることにしたのだ。
夫婦揃っての海外は新婚旅行に次いで二度目である。
それも新婚旅行とは名ばかりで、結婚して二年も経ったであろうかという冬にサイパンに行ったのだった。

ここではっきり断っておくが、俺は釣りが好きだ。

どうしてはっきり断る必要があるのか自分でもよく判らないが。

テレビドラマやニュース、映画や雑誌に限らず、鉄道での移動や車の運転中に川や湖、沼、池、海を見る時には、釣り人の眼でしか見ることが出来ない。
まして、海外などで釣りをするチャンスはそうそうないのだ。

どうもそれがよろしくなかったようだった。


かたや、大きなロッドケースに登山用の大きなバックパックを背負った大きな男。

かたや、コンパクトなスーツケースを引いた女。





新婚旅行とは思えない二人である。


我々夫婦の間では、新婚旅行とは

『遮るものの無い炎天下の灼熱地獄の中で、

糸の先に擬似針が付いた棒切れを振り回す行為』


と定義されたのだった。

その一件が重くのしかかる俺には、イタリア行きに異議を唱える事は出来なかった。
まして
「でも自由行動の日はパックロッドでこっそり魚釣り♡」
など、冗談でも言えない雰囲気だ。

こうしてイタリア行きは決まったのだ。
決まってしまえばイタリアはイタリアで楽しいはずだ。




しかし、俺にはクリアしなければならない問題があった。

俺は飛行機が苦手なのだ。

理由はいくつかある。


第一に、高所恐怖症だから。
建築現場での高所作業では足場の高さに足がすくみ、やっと慣れた頃に工事終了を迎えるのが常だ。
内装工事で俺は『脚立要らず』の異名をとるが、自分の背丈よりも高い所は苦手だと言うようにしている。


第二に、客席が狭いから。
俺の姿勢は前の座席の人とぴったりシンクロしている。
何故なら、前席の客がシートを倒すと膝が当たり身動きが取れなくなるので、足を前の座席下に投げ出すしか無くなる。
すると腰に重心が掛かり負担が大きいので、こちらのシートも倒さざるを得ないのだ。
困ったものだ。
飛行機のエコノミークラスは長距離バス並みに苦しい。
ほとんど拷問に近い。


第三に、浮遊感に弱いから。
新宿高層ビルのエレベーターですら、あまり気分は良くない。
遊園地のフライングカーペットやパイレーツの類いに乗りたがる人間が理解出来ない。
理解したくもない。
恐らく高所恐怖症と同じで、本能的に自己防衛の意識が働くのだろう。

第四に、感覚的拒絶から。
これは解り易く言うとこの一言に尽きる。

こんなに大きな金属の塊が

空を飛ぶ事自体が間違っている。



第五に、気圧の急激な変化に弱いから。
これは専門的には真空頭痛と言うらしい。
友人の運転する車の助手席で峠を下った時に、生まれて初めてそれを体験した。
その直前までうとうと寝ていたのだが、いきなり頭を鉄パイプか何かで矢鱈めったら殴られた感じだった。
それはそれは猛烈な痛みで、脳内の圧力が高まり今にも破裂するのではないかと思う程だった。
実際に俺は物凄いわめき声で助手席のシートから床に転がり落ち、頭を抑えていた。
「死んじゃうかと思ったよ」
友人には本当に心配を掛けた。
しかしあの時、俺も痛みの中で
「ああ、俺はこのままクモ膜下出血か何かで死ぬんだなぁ・・・」
と、本気で思ったのだ。


そんなこんなで溜め息ばかりの俺の心配を他所に、成田発ミラノ行きの旅客機はすでに離陸準備を整えて、滑走路を目指してクネクネと曲がりつつ移動しているのだった。

「耳栓持った?」
「うん、もうしなきゃね」

この日の為に、頭痛軽減効果のある耳栓を旅行用品コーナーで手に入れてあるのだ。
頭痛薬も飲んだ。
鼻もすっきり通っている。

完璧だ。

しかし、もうすでに掌には滴る程の汗が吹き出している。
と、はめようとした耳栓が手から滑り落ちてしまった。
大丈夫だ、まだ時間はある。
腰がシートベルトで固定されているので、仕方なく足でたぐり寄せ屈んで拾う。
隣を見れば妻は余裕の表情だ。
急いで耳栓を右耳に突っ込むが、上手くはまらない。
焦りつつも左のフィットした耳栓の角度と深さを確認し、右耳もそれに準じた形を取ろうとするがなかなか上手くいかない。
大丈夫だ、もう少し時間はある。
しかし前方のモニターに目をやると、すでに長い滑走路を正面に捉えていた。
どうやっても右耳のフィット感が得られないので、右の耳栓だけ指で押さえていくしか無さそうだ。
振動と共にジェットエンジンの回転数が一気に上がる。

「飛ぶのね・・・」

絶望感に襲われ、つい口にする。

旅客機は離陸し、機首を上げ徐々に高度を上げていった。
右手を振り返れば、窓から田園風景やおもちゃのようなトラックなどが見えてはいけない角度で見えた。
俺の左側は空なのである。
全身汗にまみれてびっしょりだ。
狭い座席の中で右手は耳栓、左手は肘掛けをしっかり押さえて、時々襲って来る浮遊感に耐えて俺は必死だった。
しかもよせばいいのに後方の窓まで見渡してしまった。
『剛性』『弾性』と頭で理解はしているが、ぐらぐらと揺れる主翼を見るのはあまり気分のいいものではない。

「畜生!何で右だけ穴がデカイんだ・・・」

ミラノ行きの便はぐんぐんと高度を上げていき、始まった頭痛に頭全体を抱えながら、俺は独り言のように悪態をついていた。

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続く
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by angelwhisker | 2006-04-15 01:15 | 外出

ヨッスィーが凸凹猫コンビ、タビーとチャイの可笑しい生活を綴る。路地裏の猫達に幸せを届ける『マタタビ至福団』の本部。


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