黄泉を垣間見た女と猫

今日は少々寒かったが、風もあまりなく雨も降りそうになかったので外階段の油性塗料を塗った。
暗くなり始めた頃、丁度かみさんが帰宅したので手伝ってもらう。
お陰で予想以上に進み、手摺は全て塗る事が出来た。

夕食のメニューは決まっていた。
思いがけず安く手に入った"国産二等級牛すね肉"を仕込んだカレーが、二日も掛けて保温調理器の中で俺たちを待っている。
熱々の飯の上に、たっぷりと掛けてやればいい。

急ぐ事はない。

今日はゆっくりとすればいい。

そう、何もやる事はないのだ。

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家に入ると、窓から作業をずっと鳴きながら見守っていたチャイもタビーも迎えに来て、作業ズボンに体を擦り付けてきた。
俺は作業着から部屋着に着替えて、空腹をとりあえず満たす為に草餅を食べる事にした。
かみさんは着替えて顔を洗い、うがいをしている。
この時期、家の外では彼女の顔からはマスクが外れない。
去年あたりから花粉にやられているのだった。
背後の洗面所の音を聞いて、うっかり手洗いもうがいもし忘れた事を指摘されるかと思った。
しかし、そういう話にはならなかったのだ。
何故ならそれどころではなかったのである。

彼女が喉スプレーを使って、話は急展開する。


「グヘッ、ゲホッ、クワーッ、ケッ」


振り向けば、むせて咳き込んでいるかみさんがいた。


「グゴゴゴゴッ、ブフェッ、ゴホッ」


どうせ息を吸いながらスプレーして、気管に入れてしまったに違いない。


「あなた大丈夫?」


当然、返事出来る余裕などある筈がない。


「ググッ、ピ〜ッ、グゲッ、ピョ〜ッ」


面白い音を出しているが、呼吸が出来ずに苦しそうだ。


「グホッ、クエッ、クエッ、ヒュ〜ルルル」


彼女の顔が、みるみるうちに
茹でダコの様に真っ赤になっていく。


「ガヒッ、ピ〜ッ、ブハッ、ヒョロロロロロ・・・」


ついにはトンビまで飛ばしてきた。


何とかしてやりたいが、大抵断られるのがオチだ。
こういう時は背中をさすってやれば多少心理的な効果は認められるだろうが、あまり意味はない。
しかし俺は居ても立っても居られず何かしてやらねばと近付く。
が、何を思ったか彼女の背中を強く叩いていた。


「や〜め〜てぇ・・・」


文字にすると確かに「やめて」とはっきり判るが、

実際の声は


『九州場所千秋楽をどうにか勝ち越しで飾った、


序二段注目の力士の不明瞭なインタビュー音声』



に近い。

すまんすまん、というジェスチャーをしつつ、そんな事を考えて洗面所を離れた。

いつもかみさんの身に何かあると、駆け寄って体を舐めてやるタビー。
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しかし、今日はお気に入りの巨大クッションにご機嫌ポーズで埋もれて微動だにしない。
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チャイはというと、寝ていたが起きて何度か鳴いていた。


「ンクワーッ、ゲッ、ンゴーッ、クッ」


相変わらずむせて咳き込み続ける彼女へ目をやると、

むくんだ顔が赤黒くなっている。

苦しそうだが、仕方あるまい。
再び近寄って、念のために確認を取る。

「俺に出来ることはないね?」

彼女はタオルを口に当てたまま頷いた。
苦しむ姿を見ても手の打ちようがないのだから、とパソコンへ向かう。

かみさんの『むせ返り咳き込み地獄』が落ち着いてきたのは、実質二十五分経ってからである。
ようやく気管に入ったスプレー液を咳で吐き出したようだ。


「はぁ〜。息が出来なくて本気で死ぬかと思った。ゴホゴホッ」


そうだろう、そうだろう。

これほど『死』を身近に感じた事はあるまい。

本当に苦しそうだった。

俺は俺で、収穫はあった。



生まれて初めて喉スプレーで溺れた人を初めて見たのだ。


かみさんは涙を拭い咳き込みながらも、どんなに苦しかったか説明したいようだった。


「救急車呼んでもらおうかと思ったわ。ケホッ」


パソコンから目を離し振り向くと、そこには


血走らせた目の下にどす黒い隈を作り、


むくみ切った赤い顔でぐったりと横たわる女が居た。



さっきとはまるで別人のような、変わり果てた姿だ。


恐らく今日の、いや、明日の分の体力をこの三十分間で使い切ったのであろう。
かみさんはそのまましばらく寝込んでしまった。

やっと落ち着いて会話が出来る様になると、か細い声で俺に話しかけてきた。


「・・・タビちゃんは来なかったけれど、チャイさんは側に来て鳴いていたね」


慰める言葉もない。

代わりに、ごくごく客観的な見解を述べた。

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「うん・・・、チャイは『咳がうるさい』って言ってた・・・」


写真は寝込む妻とくつろぐ猫達。

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by angelwhisker | 2006-03-10 01:54 | 我が家の猫

ヨッスィーが凸凹猫コンビ、タビーとチャイの可笑しい生活を綴る。路地裏の猫達に幸せを届ける『マタタビ至福団』の本部。


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